佳◯(よしまる)流 家計のそもさん/せっぱ

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2020年代ロックはどのような方向へ向かうのか勝手に推察するため00年代を振り返る〜後編

オルタナティブの特徴の一つである社会へ向けた内省的な怒りは90年代後期から、徐々に

ウィーザー

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のようによりパーソナルな感情へと結びつき、ポップでセンチメンタルなメロディーへをのせるようになり総称してエモと呼ばれるようになる。このエモという呼称はその後、パンクと結びつき、

マイ・ケミカル・ロマンスやフォール・アウト・ボーイ、ジミー・イート・ワールド

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などのエモ・コアやヘヴィ系音楽と結びついたザ・ユーズドなどのスクリーモ(スクリーム+エモ)などが誕生。エモというキーワードは2019年現時点でも重要な要素となっている。マイケミの名前を出した以上ゴス系についても触れたい所だが…キリがないので今回は割愛する。

 

更にこれもオルタナティブの特徴であるシンプルなコード進行と上記のような70年代アーティストの再評価は更なる当時の音楽性の再評価につながり

ガレージ・ロックリバイバル

を誕生させた。ただし、実際にはこの時期シーン全体を大きく見るとヒップホップやR&Bの台頭によりロック市場は陰りを見せていた。そんな中でもザ・ストロークスが誕生し、

ホワイト・ストライプス

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でピークを迎える。これらのバンドをまとめて売上だけで考えればムーブメントと言える程ではなかったかもしれないが、以降2019年現在においてもガレージ色の強いロック・バンドは多い。

 

カートの死により、オルタナティブ/グランジは、一つの終焉を迎えた。ロック・スターになる事へ抵抗を見せたこの音楽も彼の死以後、このように徐々に変化を迎え、音楽的影響下にある者が売れる事を厭わない言動も増えて来た。

 

反面、そもそもオルタナティブ/グランジ自体の音楽性が幅広く多方面にわたっていたという事もあり、その後はある一つのシーンを新たに作るというよりかは、更なるジャンルの細分化を招き、中にはほぼ同一性質の音楽でさえ棲み分けされファンが拡散してしまうという結果となってしまったように思う。

 

こうしてみると00年代は90年代から起きつつあった

「細分化」「多様化」が更に進んだ時代

だったといえよう。これまでムーブメントというのは

一本の木

であった。しかし00年代は離れて見れば「ロック」という大きな木なのだが、近づいてよく見るとその葉っぱの形や色が全然違っていたり、枝同士が絡み合っているといった状況だろうか。この状況は90年代から起きていた事ではあったが、そこにはニルヴァーナという絶対的な支柱があった。しかしながら、00年代は有能な人材は豊富だったが絶対的な

エースが不在だったのだ。

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上戸彩かわいいな より

また、それまで世界の音楽市場の中心であり互いに影響を与えてあってきたアメリカとイギリスだったが、90年代、両者がはじめて距離を置いたムーブメントだったブリット・ポップ以降、(音楽だけではなく全ての文化に言えるのかもしれないが)ある一定の地域、一定の人々の中だけでムーブメントが起こるというという事も「多様性」を重視する世の中になった事の表れだろう。だから、振り返ってみると「こういう社会背景の下、こういう音楽が世界中で流行りました」とは言えないのだ。時代と時代を象徴するアーティストが結びつかなくなる時代の幕開けだったのではないだろうか❓

 

このようなそれぞれ独自の文化が生まれた背景には東西冷戦が終結し、共通の敵がいなくなった中、アメリカ一極集中を恐れていった世界情勢とも決して無関係ではないのではないか❓と思うのは邪推だろうか。友好国ではあるが取り込まれ利用されるわけにはいかないという意識が自国というアイデンティティを持ち、アメリカを意識しつつも国内市場を疎かにしないという。

 

ただ、ひとつだけ言っておくが、ムーブメントとして定着はしなかったがアメリカ市場が完全にイギリスの影響を受けなかったわけではなく、ブリット・ポップの影響下も感じられる

レディオヘッドやミューズ、コールドプレイ

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などは、この時期アメリカでも確固たる地位を築いている。

 

またこれまで世界的に有数のロック市場であったここ日本でも、この頃から洋楽離れは加速していく。J-POPの構築はもちろんだが、元々メロディに対してこだわっている民族である日本人は90年代以降のロックやヒップホップなどのメロディレスの音楽についていけなくなり、それらの音楽を日本流に加工したら思いのほかサウンド面においても独自性という面でも高いクオリティの作品が生み出されていった。マッド・カプセル・マーケッツやドラゴン・アッシュ、ミッシェル・ガン・エレファントなど、この時期はロックが生まれて半世紀。遂に邦楽ロックが洋楽に追いついた瞬間だったのではないかと思う。果たして日本人がそれを意識してたかはわからないが、同じクオリティならば言語がストレートに入ってくる方がいいという多くの人が潜在意識の中で思ったのかもしれない。こうして日本も遂にアメリカ産ロックを妄信的に追いかけることをやめ、独自のシーン構築がなされていったのだ。

 

音楽の「細分化」はこの後、更に加速したまま2010年代へと突入する。

 

前回の記事はコチラから

yoshimarufp.hatenablog.com

 

 

 

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