佳◯(よしまる)流 家計のそもさん/せっぱ

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2020年代ロックはどのような方向へ向かうのか勝手に推察するため90年代を振り返る

80年代のパーティームードに待ったをかけるべく登場したガンズやメタリカ。両者は比較される事が多いが音楽性はあまり似てはいない。ただ彼らの切羽詰まった危機感と攻撃性という共通した姿勢が踊ることに飽き世界情勢の渦を感じはじめた若者から支持を得た。彼らの音楽は世の中に何かが起こりそうな得体の知れない時代の空気にも見事にマッチした。

時代は変わろうとし、人々も「新しい何か」を望んでいた。

そして、その動きは先のムーヴメントが起こったLAから遠くロッキー山脈の麓シアトルで起こった。

 

口火を切ったのはそれまでインディーレーベルのサブ・ポップに在籍し、89年にメジャー・デビューしたサウンド・ガーデンだった。彼らのロックにパンクやR&Bを混ぜたような、それまでの音楽とは明らかに一線を画したジャンル不明の音楽は商業的には成功しなかったが、新しいロックの様式として打ち出すことになった。そして91年。ついに歴史が変わるきっかけとなった

ニルヴァーナが出現する。

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厭世的な世界観を持った彼らが商業的にも成功を収めた事は、もはや無視できないひとつのムーヴメントとして捉えられ、彼らはその格好(破れたジーンズにTシャツ)からオルタナティブ(代用)やグランジ(汚いもの、悪いもの)と呼ばれた。彼らの音楽や佇まいは80年代の音楽を「旧価値」としMTVを中心とする音楽業界を「金儲け主義」として拒んだ為に、それまでのアーティストは一気に「悪」のレッテルが貼られるようになった。

時代が激変したのだ‼️

従来、このような時に共存共栄をし、生き残るアーティストもいたのだが、今回そうはならなかったのは、

カート・コバーンの言動の数々だろう。

彼は80年代的なものに限らず、その攻撃はあらゆる権威や体制に及び、レコード会社やMTVに限らず、既存のロック・バンド(80年代的なものに限らず、ザ・フーや同じグランジ勢のアリス・イン・チェインズやパール・ジャムなども対象。ガンズのアクセルとの舌戦は有名な話だ)にも及んだ。これらの言動は「ニルヴァーナ・ショック」と呼ばれるほど社会現象になったのだ。

 

しかし、彼のそういった言動は彼が忌み嫌った「スターへの階段」だった。売れたくない。スターになりたくないのに注目は浴びたい。そういった自己矛盾に陥った彼はドラッグへ溺れ出し、行動も痛々しいほど不可解になっていく。そして94年…猟銃で自ら命を絶つことになるのだった…。彼の死は世界中で驚きと落胆、そして悲しみを呼んだ。

 

若くして命を落としたアーティストはこれまでも数多く存在する。ジミヘン、ジャニス、マーク・ボラン、今話題の映画のフレディもそうだろうか…。しかし、彼の死が他の伝説的アーティストと異なる点があった…。それは、

彼の死そのものが彼の「イデオロギー」を内包していたという事だ。

社会への敵視や思想を多分に含んだ音楽を発信していた彼の死はビジネスとなってしまったロックを根本から見直す必要があるというメッセージを送る事になったのだ。例えば、ジョン・レノンシド・ビシャスもアーティストとしてはかなりイデオロギッシュであり体制への反抗を体現していたが、彼らの死は大きな衝撃こそもたらしたが、そこにあるのは「不幸な死」そして「悲しみ」であった。それに対して彼の死はまるで何かを訴えかけるような…そう、まるで抗議の「焼身自殺」のようなインパクトを与えたのだった。

 

彼の死以降、華やかなロックはますます偽物扱いされるようになり、また同系列のバンドも「売れる」事へ抵抗するようになった。いや、誤解を恐れず言えば、

売れた事を喜ぶロック・バンドは偽物

と思われるようになったのだ。カートのメッセージが呪縛となった事によって本音はどうあろうと、以降、ロック・バンドはいかに作品がヒットしようと「売れたくないけど売れてしまった」という態度を取らざるを得なくなってしまったのだった。

 

90年代の音楽は、目まぐるしく変化する世界情勢の中で先行きが見通せない焦燥感や怒りのような雰囲気が蔓延し、ロックが初期衝動のようなプリミティブさを取り戻した一方で厭世的な歌詞が蔓延るようになった。オルタナ/グランジ四天王のうち三つのバンドでフロントマンが既にこの世にいない状況は80年代の華やかなムードの裏にあった退廃的な影とは異なる深い闇を表したように思える。それもまたロックなのだろう。そして、内に秘めた怒りが抑えられず溢れ出したものがオルタナ/グランジだとするならば、もっと直接的な攻撃性を表したのが、

ラップ・メタル

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と呼ばれるものだった。メタリカなどが築いたスラッシュ・メタリカパンテラの出現により、スクリームを混ぜた激しさへ発展するバンドもいる一方で、アンスラックスはヒップホップ・グループのパブリック・エネミーとコラボ。これがロック・ファンへヒップホップを紹介する形となった。これまでもロックとラップが互いに交流する事はあったが、それは例えばエアロスミスの曲をランD.M.Cがカヴァーすると言った程度だったが、このコラボは一から共に作りシングルとしてリリースすると言ったもので、これがなければラップ・メタルは生まれなかったとさえ言われている(事実このライブに影響を受け結成されたのがリンキン・パークだった)。元々政治色の強いヒップホップは重く攻撃的なギターの音と思いの外相性が良くレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやリンプ・ビズキットなどが一時代を築き、更にナイン・インチ・ネイルズをはじめとするデジタル音とロックが結びついたインダストリアル・ミュージックも、これらの音楽と融合していく。そんなオルタナ、インダストリアル、ラップ・メタルを絶妙にブレンドさせたKORN(コーン)が時代の寵児となる。

 

一方で、どのような形であれ怒りを現す音楽が溢れすぎ人々は疲れが出て来たのかもしれない。本来怒りの急先鋒だったパンクはメロコアとして

グリーン・デイオフスプリング

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を中心に怒りを込め、皮肉もありつつ流れるようなメロディやユーモアも交えシーンの表舞台に立つ。

 

そして90年代に新たに誕生したこれらの音楽は00年代へ向けまた混沌と変化して行く事になる。

 

一方、そんなアメリカの音楽シーンとは別にこの頃イギリスで起きたのが

ブリット・ポップだった。

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しかし、以前も述べたがこのブームは音楽的ジャンルではなく、あくまでカルチャーとしての意味合いが大きい。理由は、そう述べざるを得ないほど、イギリス出身という以外に音楽的共通点はないからだ。当時のイギリスは「ポンド危機」に見舞われ国際競走から後退。しかし、そういった環境下において彼らが選んだ道はアメリカのような

「怒り」ではなく「自然体」だった。

ライヴであろうが何処であろうとジャージでい続ける

「ありのままの自分」をさらけ出す。

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ありのままの人のイメージ(アキラ100%)

そしてそんな自分を皮肉るという何とも言えないイギリスらしさだ。ただ、気をつけなければいけない事は、このブリット・ポップに関してはイギリスやヨーロッパを席巻するも

アメリカには波及していないという事だ。

日本にいるとまるでグランジの次に取って代わったジャンルのようにイメージされるが、オアシスやレディオヘッドがヒットしたくらいで(もちろん音楽シーンはアメリカだけではない事はわかっているが)シーン全体として盛り上がったわけではないという事だ。

 

90年代は、20世紀最後のロックスターが誕生し、シーンを形成したが、後半はブリットポップのようにアメリカへ届かずとも活性化したシーンの形成が誕生。このような流れも音楽の多様化、細分化へ繋がった一因だったのではないかという気がするのだ。

 

前回の記事はコチラから↓

yoshimarufp.hatenablog.com

 

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